オテルドミクニ
三年前の春ごろだった。
多分春だったと思う。
忘れたい訳ではないけれど、ちょっとした哀しみだった。
彼はレストランを予約して、私を食事に誘った。
隠れ家みたいなお店で、学習院初等科が近くにあった。
迷路の様な廊下があって調理場の前を通ったり、階段を登ったり降りたして、やっと美しい空間が現れた。見事なシャンデリア、黄色と白と赤とオレンジと紫のお花が至る所に置かれて、窓一杯の陽が差し込んでいて、ツーンとしたお花の匂いがして、私はため息をついた。
フランス料理なんてなじまない私だったけれど、色とりどりのきれいな柄のお皿に載ったお料理を次から次へと食べていく私は、ただただ美味しいと彼に微笑みかけることは忘れなかった。
彼は彼で満足そうな笑みを浮かべていた。
私のことを随分思ってくれているのだと感じたりして。
そのころの私たちは恋人なのか、親しい友達同士なのか、世間でははっきりしない関係と思われていた。
家族にも問い詰められていたりもしていた。
彼が遊びに来ると母親は彼のご機嫌取に必死だった。
相当結婚相手として有望だったのだろうと思う。
けれど、母親を失望させる結果となった。
食事のお礼に商品券とお礼の手紙を数日後に彼の自宅に送った。
間を開けずに返事が届いた。一緒に行けて思いでになったと書いてあった。商品券はいらないからと、同封されていた。
それからぷつんと彼から何も連絡が来なくなった。
私は自分から連絡を取ることをしないから、そのまま時が過ぎて行った。
また半年くらい経ったころ、偶然ばったり彼と街中で出会った。
彼は一人だった。私は同僚の男子と帰り道が一緒だった。彼は元気そうだねと寄って来て言った。そうでもないのよと私は返した。同僚を紹介した。彼らは挨拶をかわしていた。その時彼は自分の氏名を言っただけだった。私たちの関係性については何も言わなかった。彼は急ぐからと言ってその場から立ち去っていった。
その時の彼の後ろ姿が私には今はっきりとわかる。
それからまたさらに半年くらいが過ぎて、彼からエアメイルが届いた。
良く知らない地の果てのような中東の国からの手紙だった。
石油の会社に勤めていた彼だったから、仕方なかったかもしれない。
黙って日本を離れたことについて書いてあった。君はきっと大丈夫、だから何も言わずに旅だったんだ、って書いてあった。